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ENTフレイル(みみ・はな・のどの衰え)について

2024.11.05

はじめに

 我が国での65歳以上の高齢者の占める割合は2022年で29.1% であり、主要国で最も高くなっている。年々増加傾向は持続し、2065年には38.4%まで上昇すると推定されている。超高齢者社会での健康寿命の維持に貢献すべく耳鼻咽喉科・頭頸部外科領域における高齢者医療対策を積極的に検討すべき時期にきている。私はみみ(Ear)・はな(Nose)・のど(Throat)フレイルを提唱し、耳科(みみ)領域では①聴覚障害と②平衡障害、鼻科(はな)領域では③嗅覚障害、咽喉頭(のど)領域では④嚥下障害と⑤睡眠障害をもたらす閉塞性睡眠時無呼吸の5項目を解説する。

聴覚障害

難聴とは自覚的または他覚的な聴力の低下であるが、聴力の低下には音そのものが聞き取りにくい場合と音は聞こえるが言葉の聴取・理解がしにくい場合がある。標準的な聴力の評価には125~8,000Hzの純音聴力検査法が用いられる。500から2,000Hzまでの周波数を言語帯域と称し、言語音の聴取に重要で、①40dBまでを軽度難聴、②41~70dBを中等度難聴、③71~90dBを高度難聴、④それ以上を聾と重症度分類している。加齢性難聴では高い周波数になるに従って障害が強くなる高音障害型の聴力像を示す。また言葉の聞き取り検査も障害を呈することが特徴である。

 難聴は最も頻度の高い感覚器障害で、視覚、嗅覚、味覚、知覚などの障害より頻度が高いことを意味している。人口の約5%が難聴とされており、世界中で4億人が難聴に悩んでいる。難聴の原因として、生活習慣病や騒音(近年ではスマホ難聴)が注目されている。

 加齢に伴う難聴の実生活の問題点としては①会話が明瞭に聞き取りにくい、②大きな音や周囲の雑音がかん高く響いてしまい、パーティーなどでの会話ができない、③会話が面倒になり、友人・知人・家族とのコミュニケーションが取れなくなる、④会話の楽しみがなくなり、孤独・抑うつ状態・神経過敏などの心理面での悪影響が表れる。難聴によるハンディカップは単に聞き取りにくいという日常生活の困難さのみならず、心理面にも大きく関わり社会生活を著しく損なうことになる。さらに、近年では難聴は認知症の危険因子として最も重要であることが知られ、社会問題となっている。予防として、過度な騒音暴露の回避や早期の補聴器装用がWHOから提唱されている。

 当医療センターでは一般の方々を対象とした「聴こえの研修会」を院内で開催して、難聴や補聴器の講習、実際の補聴器の試聴を年2回おこなっている。

平衡障害・睡眠時無呼吸

高齢者において、ふらつきや不安定な歩行はよく認められる症状である。ふらつきや不安定な歩行は高齢者の不慮の転倒・転落事故にも関連する。当医療センターでは「めまいリハビリ入院」プログラム(2泊3日)を開設して加齢性平衡障害の診断・治療の取り組みを行っている。

高齢者の筋量の低下は歩行障害や転倒の危険因子として知られている。サルコぺニアは「加齢に伴う骨格筋量の減少」と定義され、四肢骨格筋量の低下に加え、身体機能の低下または筋力の低下がある場合に診断される。平衡障害、歩行障害や転倒は睡眠障害と関連があることが最近の研究で徐々に明らかになってきた。持続陽圧呼吸療法による閉塞性睡眠時無呼吸の治療によって歩行障害が改善し、転倒のエピソードが減少することが報告されている。加齢による両側の前庭(三半規管)機能低下の結果、姿勢の不安定性、歩行障害、繰り返す転倒などが引き起こされる。またふらつきを引き起こす可能性のある薬物としては、抗不安薬・抗うつ薬・抗精神病薬、鎮暈薬などであり、長期の服用に留意する。後期高齢者~超高齢者では食生活の乱れから、ビタミン欠乏に陥りやすい。ビタミンB1やB12の欠乏による下肢の運動能の低下がふらつきや歩行障害の原因と成り得る。

嗅覚障害

パーキンソン病、アルツハイマー病などの多くの神経変性疾患は早期に嗅覚障害を伴うことが知られている。パーキンソン病は約85-90%の症例で認められ、その嗅覚障害の特徴は①90%以上で両側性かつ高度である、②女性よりも男性に障害が強い傾向がある、③嗅覚の完全脱失は必ずしも多くなく、強刺激で反応する、④運動症状の数年前に生じるため、嗅覚障害は運動前駆または臨床症状前駆マーカーとしてとらえることができる。アルツハイマー病では病初期より嗅覚障害を認めており、進行性である。90%以上の大部分のアルツハイマー病は検査をするまで嗅覚障害を自覚していない。特に重症の嗅覚障害症例では認知能低下の予知因子となる。また軽度の認知障害での嗅覚障害症例では将来アルツハイマー病に進行するリスク因子となる。

嗅覚障害を訴えて受診する患者の中で,考えうる全ての原因が否定され,原因不明の嗅覚障害と診断される患者も少なからず存在する。それら原因不明の嗅覚障害患者の中に,将来,パーキンソン病やアルツハイマー病などの神経変性疾患を発症する患者が含まれる可能性も考えられる。

嚥下障害

よく食べることは健康寿命に必須な営みである。加齢とともに生じやすくなる嚥下(飲み込み)の障害のサインは①薬が飲み込みにくい、②食事中にせきこむ、③食後に痰が増える、④食事に時間がかかる、⑤常にのどがゴロゴロする、⑥飲み込みの時に首を前後させる、⑦体重が減ってきた、などである。高齢者では誤嚥が進行すると肺炎となり、致死的な場合が多くなる。嚥下障害の簡便な自己判定の方法として、①30秒間に何回、空嚥下(ゴックン)が出来るか(2回以下は異常)、②常温水30mlを座位で飲み切る(むせることなく30秒以内で飲めると正常)がある。嚥下障害の予防として、①嚥下体操、②唾液腺のマッサージ、③発声訓練、④食材や調理の工夫、⑤食事の工夫などを参考にする。

 当医療センターでは一般の方々を対象とした「嚥下(飲み込み)の研修会」を院内で開催して、嚥下の仕組み、呼吸リハビリ、嚥下リハビリ、嚥下食、食事の注意点などに関しての講演を年1回おこなっている。

おわりに

聴・平衡・嗅・睡眠・嚥下の文字をロゴとして、下記の図でENTフレイルをPRしております。